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東京高等裁判所 平成11年(ネ)4769号 判決

控訴人

山田義仁

右訴訟代理人弁護士

中城重光

被控訴人

右代表者法務大臣

臼井日出男

右指定代理人

日景聡

外四名

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人は、控訴人に対し、三二万七三九一円及びこれに対する平成一〇年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを五分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

五  この判決の主文第二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、三七万七二五六円及びこれに対する平成一〇年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被控訴人

控訴棄却

第二  事案の概要

一  控訴人は、交通事故により受傷し、被控訴人から健康保険法に基づく療養給付金七五万四五一二円の支給を受けた。被控訴人は、健康保険法六七条一項に基づき、控訴人に代位して、加害者が加入していた自動車損害賠償責任保険から七五万四五一二円の支払を受けた。その後、控訴人は、加害者を被告として、損害賠償の支払を求める訴えを提起したが、加害者が控訴人に四八万一八八五円を支払う旨の和解が成立した。この金額は、控訴人の過失を五割とする過失相殺をして損害額を一六八万一八八五円とし、これから、自動車損害賠償責任保険から被控訴人が支払を受けた七五万四五一二円及び控訴人が支払を受けた四四万五四八八円を控除して、決められたものである。

本件は、控訴人が、自分にも五割の過失があったから、被控訴人が自動車損害賠償責任保険から支払を受けることができるのは三七万七二五六円であるのに、七五万四五一二円の支払を受けた結果、その差額三七万七二五六円を加害者から支払ってもらうことができなかったと主張して、不当利得返還請求権に基づき、三七万七二五六円とその遅延損害金の支払を求めた事案である。原判決は、控訴人の請求を棄却したので、これに対して控訴人が不服を申し立てたものである。

二  右のほかの事案の概要は、次のとおり付加するほか、原判決の該当欄記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の当審における主張)

1 控訴人に過失がある場合には、控訴人は、加害者に対し、過失相殺後の金額の損害賠償請求権を有するにすぎない。したがって、被控訴人が代位取得する損害賠償請求権も過失相殺後のものである。しかるに、被控訴人は、本来求償できない療養給付金相当額の全額を求償したのであるから、利得がある。

2 五割の過失相殺後の控訴人の損害は、治療費四二万七一二一円、入院雑費五万二〇〇〇円、休業損失五〇万二七六四円及び慰謝料七〇万の合計一六八万一八八五円である。そして、被控訴人は、健康保険法の被保険者救済の趣旨からして、控訴人の過失の有無にかかわらず、療養給付金を支給しなければならない。また、控訴人は、治療費以外の損害の合計一二五万四七六四円については、被控訴人からの療養給付金に関係なく、填補されなければならない。しかし、控訴人は、九二万七三七三円(自動車損害賠償責任保険から四四万五四八八円、加害者から四八万一八八五円)を受領したにすぎない。したがって、控訴人には、少なくとも差額三二万七三九一円の損失が生じている。

(被控訴人の当審における主張)

1 第三者(加害者)の行為によって生じた保険事故に関して、保険者(被控訴人)が被保険者(控訴人)に対して保険給付を行ったときは、保険者は、その保険給付の価額の限度において、被保険者が第三者に対して有する損害賠償請求権を代位取得する(健康保険法六七条一項)。そして、代位取得した損害賠償請求権は、被保険者の過失の有無によって影響を受けるものではない。また、控訴人に五割の過失があったとしても、控訴人は、加害者に対し一六八万一八八五円の損害賠償請求権がある。被控訴人は、この金額の範囲内である療養給付金の価額の限度で、右損害賠償請求権を代位取得した。したがって、被控訴人に利得はない。

2 控訴人は、被控訴人から療養給付金七五万四五一二円を受領し、自動車損害賠償責任保険から四四万五四八八円を受領し、また、加害者から四八万一八八五円の支払を受けた。これらの合計額は、控訴人主張の損害額一六八万一八八五円と同額である。したがって、控訴人に損失はない。

3 控訴人が加害者に対して四八万一八八五円を超えて損害賠償請求権があったとしても、控訴人は、自分の判断で四八万一八八五円の限度で支払を受ける旨の和解に応じたものである。したがって、控訴人に損失が生じたとしても、被控訴人の利得との間に因果関係はない。

第三  当裁判所の判断

一  当裁判所は、控訴人の請求は三二万七三九一円とその遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。

1  事実関係

証拠(甲一、二の1、2、三ないし七)と弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

控訴人は、平成六年一〇月二日、自動車を運転して、信号機が設置されている交差点を、赤信号であるのに右折しようとして進行した。その結果、同じく赤信号を無視して反対方向から直進してきた加害者運転車両と衝突して、受傷した。控訴人は、この事故により、治療費八五万四二四二円、入院雑費一〇万四〇〇〇円、休業損害一〇〇万五五二八円及び慰謝料一四〇万円の合計三三六万三七七〇円の損害を受けた。控訴人は、被控訴人から療養給付金七五万四五一二円の支給を受け、また、加害者が加入している自動車損害賠償責任保険から四四万五四八八円の支払を受けた。被控訴人は、控訴人に療養給付金を支給したので、健康保険法六七条一項に基づき、控訴人に代位して、自動車損害賠償責任保険に対し七五万四五一二円の支払を請求し、その全額の支払を受けた。その後、控訴人は、加害者に対し、損害賠償の支払を求める訴えを提起したが、平成一〇年七月一六日、加害者が控訴人に対し損害賠償金四八万一八八五円を支払う旨の和解が成立した。この金額は、控訴人の過失を五割とする過失相殺をして、損害額を一六八万一八八五円とし、自動車損害賠償責任保険から被控訴人が支払を受けた金額と同保険から控訴人が支払を受けた金額の合計一二〇万円を控除して算定されたものである。

この認定事実によれば、本件交通事故は、控訴人、加害者ともに赤信号を無視したことが原因であり、また、双方とも控訴人に五割の過失があることを前提として和解が成立したのであるから、控訴人には五割の過失があったものと認められる。したがって、控訴人は、加害者に対し、右認定の損害額の半額の損害賠償請求権があったものである。

2  被控訴人の利得について

ところで、健康保健法六七条一項の規定によれば、被控訴人は、控訴人に対し、療養給付金を支給したときは、その給付の価額の限度において、控訴人が加害者に対して有する損害賠償請求権を取得する(これは保険代位の一種である。)。この代位により被控訴人が取得する債権は、事柄の性質上、療養給付金支給の原因となった事由と同一の事由による同一の性格の損害について、控訴人が加害者に対して取得した損害賠償請求権のみであって、控訴人が他の事由又は異なる性格の損害について取得した加害者に対する損害賠償請求権まで被控訴人が取得するのではない。すなわち、相互に補完しあう関係にあるもののみが、代位の対象となるのである。

本件の療養給付金は控訴人の治療費を填補するものであるから、被控訴人は、控訴人が加害者に対して有する損害賠償請求権のうち相互に補完しあう関係にある治療費に関する部分だけを取得し、その余の部分までも取得するものではない。

そして、控訴人が加害者に対して有する治療費についての損害賠償請求権は、八五万四二四二円に五割の過失相殺をした後の四二万七一二一円である。

したがって、被控訴人が健康保険法六七条一項に基づき取得した、控訴人の加害者に対する損害賠償請求権は、四二万七一二一円にとどまる。しかるに、被控訴人は、七五万四五一二円の支払を受けているから、差額三二万七三九一円は、被控訴人が法律上の原因をなくして利得したものである。

被控訴人は、代位取得する損害賠償請求権は控訴人の過失の有無により影響を受けるものではないと主張する。しかし、被控訴人が健康保険法六七条一項により取得するのは、控訴人が加害者に対して有する損害賠償請求権そのものである。過失相殺の結果、控訴人の加害者に対する損害賠償請求権が存在しない部分については、そもそも移転の対象となる請求権自体がないのであるから、被控訴人に移転することはあり得ない。また、被控訴人は、控訴人が有する全体の損害賠償請求権一六八万一八八五円の範囲内で求償したから利得はない旨主張するが、右に述べたとおり、被控訴人は自己に移転していない債権について弁済を受け利得したものであり、右の主張を採用することはできない。

3  控訴人の損失と因果関係について

被控訴人は、控訴人に療養給付金七五万四五一二円を支給したが、これは、控訴人の損害のうち治療費を填補するものである。したがって、控訴人は、右療養給付金の支給を受けても、なお、治療費以外の入院雑費等二五〇万九五二八円の損害がある。したがって、控訴人は、加害者に対し、五割の過失相殺をした後の一二五万四七六四円から、自動車損害賠償責任保険より支払を受けた四四万五四八八円を控除した八〇万九二七六円の損害賠償請求権を有していたことになる。

しかるに、控訴人は、加害者から四八万一八八五円の損害賠償金しか支払を受けることができなかったのであるから、その差額三二万七三九一円の損失が生じている。

これは、前記1の認定事実と甲六によれば、被控訴人が代位することができる限度を超えて、自動車損害賠償責任保険に対し七五万四五一二円を請求し、その支払を受けた結果、控訴人は、自動車損害賠償責任保険から四四万五四八八円しか支払を受けることができなかったことによるものであると認められる。したがって、被控訴人の利得と控訴人の損失との間には、因果関係がある。

被控訴人は、控訴人がその主張の損害一六八万一八八五円全額の支払を受けているから損失はない旨主張する。しかし、この金額は、五割の過失相殺をした結果、控訴人が加害者に対して有する民事上の損害賠償請求権の金額である。控訴人は、あくまでも、三三六万三七七〇円の損害を受けたのであり、加害者に対してはその半額しか請求することができないというものにすぎない。療養給付金は、控訴人の過失の有無にかかわらず、控訴人に実際にかかった治療費を填補するものである。したがって、治療費について保険給付を行う被控訴人との関係では、控訴人に実際に生じた損害額により損失の有無を考えるべきであって、その際に控訴人の過失を考慮すべきではない。

また、被控訴人は、控訴人が自ら加害者との和解に応じたのであるから因果関係はないと主張する。しかし、控訴人は、加害者に対する民事上の損害賠償請求権は一六八万一八八五円しかないのであるから、既に支払を受けた額を控除すると、四四万五四八八円しか請求権がなかったのである。控訴人としては、加害者に対して法律上請求することができる最高額で和解したものであり、これ以上の支払を求めることは法律上の根拠を欠く。したがって、控訴人が右のような和解をしたからといって、因果関係がないということはできない。

4  結論

以上のとおりであって、被控訴人は、控訴人に対し、不当利得金三二万七三九一円とその遅延損害金の支払義務がある。

二  したがって、控訴人の請求をすべて棄却した原判決は失当であるからこれを変更し、三二万七三九一円とその遅延損害金の限度で認容し、その余は棄却すべきである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官淺生重機 裁判官菊池洋一 裁判官江口とし子)

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